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ロシア語/ Русский
性, 数, 格
性
名詞は単数形で男性/女性/中性に区分されます. 性は語末の文字でおおむね判別できます. なお, これらの性は文法上の性であり, 男性は男性形の名詞を使う, といったことはありません. 子音で終わったら男性, -а/-я で終わったら女性, -о/-е/-мя で終わったら中性という風に, 多くは形式的に決まっています. フランス語のように単語ごとに性を覚える必要はあまりありません.
- 男性名詞 : журнал「雑誌」 Санкт-Петербург「サンクトペテルブルク」
- 女性名詞 : книга「本」 Москва「モスクワ」 Япония「日本」
- 中性名詞 : окно「窓」 море「海」 имя「名前」
数
英語には単数と複数の区別があります. それはロシア語でもおおよそ同じですが, 一部奇妙な規則があります. その原因は古いロシア語において双数という, 2つのものを表すのに使う形があったためで, それが化石のようにいまに引き継がれているのです.
個数詞が 1 のとき
個数詞と名詞の性数格が一致
один (1) карандаш (鉛筆の単数主格) = one pencil
個数詞が 2, 3, 4 のとき
個数詞が主格 (または主格に等しい対格)のとき, 名詞は単数生格
три (3) карандаша (鉛筆の単数生格) = three of the pencil
個数詞が 5 以上のとき
個数詞が主格 (または主格に等しい対格) のとき, 名詞は複数生格
пять (5) карандашей (鉛筆の複数生格) = five of the pencils
合成数詞のとき
名詞は最後の個数詞 (23 なら три) によって決まります.
合成数詞
個数詞を組み合わせたもの. 例えば 23 は 20 を表す個数詞двадцать と 3 を表す個数詞 три を組み合わせて, 合成数詞 двадцать три となります.
格
格とは, 他の語との関係を規定するものです. ロシア語には 6 つの格があります. 日本語の場合は, どんな名詞に対してもテニヲハのような助詞をくっつけて文の成分を示すことができますが, ロシア語は名詞の性・数によって取る語尾が異なります. また同じ性の中でもいくつか変化の型があります.
主格
主語や述語となる.「...が」「...は」などと訳せる.
Это яблоко. これはリンゴです.
это : これ (代名詞・主格)
яблоко : リンゴ (中性名詞・主格)Она студентка. 彼女は女学生です.
она : 彼女 (人称代名詞・主格)
студентка : 女学生 (女性名詞・主格)
生格
所有や所属を表す.「...の」と訳せる. また, 否定生格, 数量生格の用法もある.
- Это яблоко студентки. これは女学生のリンゴです.
студентки : 女学生 (女性名詞・生格)
与格
間接目的語を表す.「...に」などと訳せる.
- Она давала яблоко студентке. 彼女は女学生にリンゴをあげた.
давала : あげた (動詞 давать の女性形過去)
яблоко : リンゴ (中性名詞・対格), студентке:女学生 (女性名詞・与格)
対格
直接目的語を表す.「...を」と訳せる.
Она целует студентку. 彼女は女学生にキスをする.
целует : キスをする (動詞 целовать の三人称単数現在形)
студентку : 女学生 (女性名詞・対格)Она ела яблоко. 彼女はリンゴを食べた.
ела : 食べた (動詞 есть の女性形過去) яблоко : リンゴ (中性名詞・対格)
間接目的語と直接目的語
間接目的語は英語では第4文型の一つ目の目的語, 直接目的語は英語では第3文型の目的語.
造格
手段, 道具などを表す.「...によって」「...として」「...で」などと訳せる.
- Она увлекается студенткой. 彼女は女学生を好きになる.
увлекается : ...を好きになる (動詞 увлекаться の単数三人称現在形)
студенткой : 女学生 (女性名詞・造格)
前置格
常に前置詞とともに用いられる.
- Она жила в Эдеме. 彼女はエデンに住んでいた.
Эдеме:エデン (男性名詞・前置格)
前置格
前置詞の後が必ず前置格になるわけではありません.
語順
英語のような厳格な語順はありません. 語順の代わりに格変化で文を作ります.
音素
ロシア語には, 硬い子音と軟らかい子音があります. 多くの場合これらは対をなしていて, その違いは短い「ィ」(英語の Y) のような音が聞こえるかどうか, 音が高いか低いかによります. 促音「っ」が日本語話者にはつまって聞こえるように, 「ィ」の音が聞こえるとロシア語話者には軟らかく聞こえます. これらの区別は, 綴りや文法にも影響する重要な区別です. 日本では, 前の子音を軟らかくする母音 (日本語でいうヤ行音) のことを軟母音, 軟らかくしない母音のことを硬母音とも言います.
文字
ロシア語で使われているあの独特な文字は, キリル文字といいます. キリルという名前は東ローマ帝国の宣教師キュリロス (827 - 869) から来ていますが, 実際に彼が発明したのはグラゴル文字という別の文字です. キュリロスは, 当時文字をもたなかったスラヴ人に東方正教を布教するため, 文字をつくり聖書を古代教会スラヴ語という文語に翻訳しました. グラゴル文字はその後クロアチア語で使われたりしたものの, 現代まで受け継がれてはいません. キリル文字またはラテン文字に取って代わられたのです. しかしキリル文字はグラゴル文字とまったく無関係というわけではなく, Ш, Щ, Ц, (Ж) などの文字はグラゴル文字由来だと言われています. キリル文字は, グラゴル文字の体系をもとにして対応するギリシア文字と置き換え, 一部のスラヴ語特有の音を表すためにグラゴル文字を残して改良したものなのです.
文字一覧
大文字 | 小文字 | 音価 | 説明 |
---|---|---|---|
А | а | a | 硬母音字の一つ |
Б | б | b | 英語の B にあたる. 無声化すると П (英語の P の音) |
В | в | v | 英語の V にあたる. 無声化すると Ф (英語の F の音) |
Г | г | ɡ | ギリシア文字の Γ ガンマが起源 |
Д | д | d | ギリシア文字の Δ デルタが起源 |
Е | е | jɛ | 軟母音字の一つ |
Ё | ё | jo | 軟母音字の一つ |
Ж | ж | ʒ | キリル文字独特の文字. 舌をどこにもつけずに発音する |
З | з | z | 舌先をつけずに発音する |
И | и | i | 軟母音字の一つ |
Й | й | j | 短く発音する |
К | к | k | Кре́мль でクレムリン |
Л | л | l | ギリシア文字のΛラムダが起源 |
М | м | m | モスクワは Москва |
Н | н | n | |
О | о | o | 日本語の「オ」よりも唇を丸くして口の中を広げる |
П | п | p | ギリシア文字の Π パイが起源 |
Р | р | r | 巻き舌. ギリシア文字の Ρ ローが起源 |
С | с | s | |
Т | т | t | 英語のような帯気音[th]にはならない. |
У | у | u | 日本語の「ウ」よりも唇を丸くして前に突き出す. 日本語話者には「オ」のように聞こえることもある. |
Ф | ф | f | ギリシア文字の Φ ファイが起源 |
Х | х | x | 英語の K と同じ舌の位置で「ハ」と発音する |
Ц | ц | ts | ロシアの皇帝を表すツァーリは царь. ローマ皇帝を表すcaesar がスラヴ語になったもの |
Ч | ч | tʃj | 日本語の「チ」に近い |
Ш | ш | ʃ | 舌を引っ込めた「シュ」. (英) shrine の sh に近い |
Щ | щ | ʃjʃj | 口を横に引っ張った「シ」. |
Ъ | ъ | ◌ɣ | 例) сесть≒シェーシチ「座る」съесть≒スイェーシチ「食べる」硬子音と軟母音を分ける記号 |
Ы | ы | ɨ | 「イ」の口の形で舌を引っ込める |
Ь | ь | ◌j | 硬い子音を軟らかくする (口蓋化)記号 |
Э | э | ɛ | 硬母音字 |
Ю | ю | ju | 軟母音字. І と О の合字. |
Я | я | ja | 軟母音字. І と А の合字 Ꙗ の筆記体が起源 |
ロシア語とウクライナ語
この頃, ロシアのウクライナ侵攻をきっかけにウクライナの地名が従来のロシア語式表記からウクライナ語式表記へと改められました. ウクライナの地名における外名 (ロシア語名)撤廃の動きは以前からありましたが, 今回の侵攻で一気に進んだ形です. ロシア語とウクライナ語に関する話題を耳にすることは以前より相当増えたと思います.
ところで, 両言語は一体何が違うのでしょうか. 一応, キエフがキーウに, リボフがリビウに, ハリコフがハルキウに変更されたことで, 何となく違う言語なのだろうということはわかります. 勘が良ければロシア語の「オフ」「エフ」(-ов/-ев) という語尾がウクライナ語では「イウ」(-ів) になることもわかるかもしれません. しかし, はたから見れば両者は同じキリル文字を使う言語で, 地理的にも隣同士の言語ですから 違いがわかりにくいかと思います. ここではロシア語とウクライナ語の共通点と相違点について, 歴史を交えつつ簡単にご紹介しようと思います.
まず, 誰でも明日からすぐに使えるロシア語とウクライナ語の見分け方を紹介します. 実は, 両者が使っている文字は同じようで少し違います. ウクライナ語にしかない文字が5つ, ロシア語にしかない文字が4つあります. 前者は Ґґ, Єє, Іі, Її, [ ’ ] で, 後者は Ёё, Ъъ, Ыы, Ээです. ウクライナ語の Ґґ によく似た Гг という文字は両言語にありますが, 右上にチョンと棒が付いているのはウクライナ語特有の文字です. またウクライナ語の [ ’ ] という記号はロシア語の Ъъ に相当し, ウクライナ語の Єє とロシア語の Ээ は鏡文字になっています. 文字 Іі はロシア語では 1918 年の正書法改革でなくなってしまい, 文字 Ёё は 1943 年に新しく追加されましたが, 主にロシア語学習者向けのテキストでしか使われていません. 紛らわしいですが, これを覚えればあなたも明日から2つの言語を見分けられるようになります.
下の表は, ウクライナ語とロシア語における母音字のおおよその対応です. 左が硬母音, 右が軟母音. 両言語で硬軟が入れ替わっている文字があります.
ロシア語 | ウクライナ語 | ロシア語 | ウクライナ語 |
---|---|---|---|
Аа | Аа | Яя | Яя |
Ыы | Ии, Іі | Ии | Її |
Уу | Уу | Юю | Юю |
Ээ | Ее | Ее | Єє |
Оо | Оо | Ёё | (йо) |
次に文法について紹介します. ロシア語とウクライナ語は同じ東スラヴ語群という言語グループに属しています. そのため特に文法はよく似ています. 例えば「私は犬を飼っている」という文は, スラヴ諸語では以下のようになります.
言語名 | 日本語訳 | |
---|---|---|
ロシア語 | U mjenja jest’ sobaka. (У меня есть собака.) | 私のところには犬がいる. |
ウクライナ語 | U mene je sobaka. (У мене є собака.) | 私のところには犬がいる. |
ポーランド語 | Mam psa. | (私は) 犬をもっている. |
スロベニア語 | Imam psa. | (私は) 犬をもっている. |
このようにロシア語とウクライナ語は, 所有していることを, 他動詞を使わずに「~のところには~がいる」と表現する点に大きな特徴があります. この構文にはフィン系の言語との関連が指摘されています. 他のスラヴ語にはない独特な構文です (なおウクライナ語では他動詞を用いた所有表現も一般的です). さらに, 東スラヴ語では英語の be 動詞にあたる動詞(上表の jest’, je) が, 現在時制で活用しません. 英語は am, are, is... と活用し, 他の西・南スラヴ語も活用しますが, 東スラヴ語では無変化なのです. それどころか, 通常は省略してしまうので, be 動詞を入れるとかえって不自然になります. 例えば「私はここにいる」は Jajest’ zdjes’ ではなく Ja zdjes’ = I here となります. また語彙に目を向けてみると, 上の例文で「犬」という語はロシア語とウクライナ語では sobaka ですが, ポーランド語では pies (>psa 犬を), スロベニア語では pes (> psa 犬を) です. pies, pes はスラヴ語本来の語であるのに対し, sobaka はイラン系言語からの借用だと言われています. このことからもロシア語とウクライナ語の東スラヴ語としての共通性が垣間見えます.
しかし他方で, ウクライナ語は西スラヴ語であるポーランド語の影響を歴史的に強く受けてきました. ウクライナの一部はかつてポーランド・リトアニア共和国の支配下にありました.そのような背景により, 特に語彙の面でポーランド語の影響が顕著です. 恣意的ではありますが, 以下にいくつか基本的な語彙を比較してみます.
ポーランド語 | ウクライナ語 | ロシア語 | 意味 |
---|---|---|---|
czy | чи (čy) | - | (文頭において)~か? |
mieszkać | мешкати (meškaty) | жить (žitʹ) | 住んでいる |
kochać | кохати (kokhaty) | любить (ljubit') | とても好きである |
lubić | любити (ljubyty) | 同上 | 好きである |
kawa | кава (kava) | кофе (kofe) | コーヒー |
żart | жарт (žart) | шутка (šutka) | 冗談 |
parasolka | парасолька (parasol'ka) | зонтик (zontik) | 傘 |
また, 文法の面でもポーランド語の影響が読み取れます. 例えば男性名詞の単数与格の語尾は, ロシア語では-u ですが, ウクライナ語とポーランド語は -ovi となります.
参考文献
- 西中村浩 朝妻恵里子,『ロシア語をはじめよう』, 朝日出版社, 2019
- Undata, Population by language, sex and urban/rural residence, 最終閲覧日 2022/5/29
- 黒田龍之助,『つばさ君のウクライナ語』, 白水社, 2020